特集:「築地市場解体工事に伴うアスベスト撤去に関するリスクコミュニケーションの実施」

第6回 工事中に発見されたアスベスト対策と調査方法の工夫

The Risk Communication Cases

 前回「第5回 アスベスト粉じん漏えい事故と発見された吹付け材」に引き続き、築地市場の解体工事の事前調査では判明せず、工事が始まってからアスベストの存在が判明した事例を紹介する。それぞれの事例が教訓的で、他の工事の参考になる要素を含んでいる。

 工事開始前に、徹底した図面調査や現地目視調査が行われていても、工事が始まって、壁の裏側や天井の裏などからアスベストが出てくることはあり得ることで、そのような前提のもとで工事が進められなければならない。壁の裏側や天井の裏、過去の工事の取り残しなどは、熟練したアスベスト除去業者には、現地で建物の構造を目視で確認することで、予想がつくことがある。その予想をも取り入れて、工事計画が立てられることが重要である。

 しかし、熟練した業者でも見落してしまうような吹付けアスベストが、築地市場ではいくつか発見された。その一つの例が、アスベスト除去工事現場の周辺の濃度測定による、アスベスト粉じん漏えいにより発見された、別の箇所の青果仲卸棟中央部天井吹付けアスベストである。アスベスト粉じん漏えいはあってはならないが、青果仲卸棟屋上に設置された、独立の機械室天井吹付けアスベスト除去工事の際、養生周辺濃度測定で、粉じん濃度上昇があり、工事が中止され、原因究明、再発防止策の策定が実施された。原因究明調査にあたって、当該吹付けアスベストとは別に、屋上床の裏側、すなわち青果仲卸棟天井裏中央部の吹き付けアスベストが発見された。濃度測定は屋上機械室アスベスト除去工事の、粉じん漏洩監視のために行われたが、結果として、より危険な発生源を突き止めるために役立ったのである。

 築地市場内でのアスベスト漏えいの情報は、市場内のすべての解体業者、アスベスト除去業者に素早く共有された。そのことで、解体業者、除去業者の間に緊張が走り、安全な工事に対する意識がさらに強くなった。

 わが国ではいまだにアスベスト粉じんの濃度測定は、大気汚染防止法で義務付けられていない。今年度の大気汚染防止法の改定でも、石綿障害予防規則改定でも、濃度測定の法定義務化は見送られた。見送られた理由は、合理的な基準値がない、測定結果が出るまでに時間がかかる、測定に技術的な困難さがあるといったことである。これらの理由は、やらないための理由である。築地市場で実際に起こった、濃度測定による粉じん漏えいの把握とその後の迅速な対応、そのことが除去業者全体に安全への意識を大きく転換させた事実、また、見逃していた新たな吹付け材の存在を認識するきっかけになったことを総合して考えれば、濃度測定の意味は大変大きい。アスベストに関する違法工事が横行し、アスベスト粉じん飛散事故がいまだ絶えない現状にも関わらず、大気汚染防止法で工事中のアスベスト粉じん濃度測定を義務化していないのは、環境省による規制権限不行使の不作為が続いているといえる。

 濃度測定値の基準があいまいであるとか、行政業務の増大が課題になるなどと言っていられない。たとえ濃度測定の技術的課題があったとしても、アスベスト除去工事現場では、可能な限りの濃度測定を実行し、その数値による安全管理を重ね合わせ、さまざまな観点から客観的で公正な評価を行い、その結果を実際の作業者にかえして修正を繰り返して、はじめて実際の安全な工事が実行されるのである。

 単に法律が工事基準を定めて、事業者が工事実施計画を策定し、行政が工事直前に立ち入り調査をし、現場確認すれば安全な工事ができるわけではない。実際には、除去工事が始まれば、養生内外で発生する様々な不具合、予想を超えた事態が毎日発生する。粉じん漏えいとは全く無関係と思われる不具合が、大量のアスベスト粉じん漏えいにつながることもある。このような現場でのアスベスト粉じん濃度測定は、いくつかの問題点はあるとしても、現時点では除去業の労働者の命を守り、周辺で働く労働者の命を守り、周辺住民の命をも守る重要な手段である。

 築地市場のアスベスト除去工事の教訓からも明らかなように、工事現場周辺の濃度測定を実施しないで、アスベスト粉じんの漏えい監視をできるはずはない。濃度測定による監視が、粉じんのコントロールばかりではなく、現場の意識を高め、見逃していた別のアスベストの発見につながる等、まさに工事全体の安全性を高めるのである。

青果仲卸棟中央部吹付けアスベスト除去

 前述した青果棟の屋上変電所のアスベスト粉じん漏えいで見つかった、青果仲卸棟天井裏のアスベスト撤去工事が追加で計画された。青果仲卸棟の130店舗ほどの仲卸店舗の2階事務所の壁には、アスベスト含有の塗材が使用されており、レベル1撤去の工事が計画されていた。塗材の撤去は、青果仲卸棟全体が5工区に分けられ、それぞれの工区が密閉養生が設置され、順次スモークテスターによる養生検査を行い、粉じん漏えいが事前に確認された。

 最後の第5工区撤去の際に、中央の天井裏に吹付けられていた55m2ほどの吹付け材撤去が計画された。青果仲卸棟には全域の天井、梁部分に吹きつけが施工されていたが、分析の結果、アスベストを含有していないロックウール吹付けであった。ところが、その中央部のごく一部、天井には屋上の変電施設に貫通する穴があけられており、その周辺の吹付け材のみにアモサイト石綿の吹付けが施工されていた。吹き付け材の表面はひどく劣化し、数か所では塊のまま落下した跡が見られ、垂れ下がりの箇所も多かった。

 工事区画自体は、天井を這わせるパイプなどの障害物は少なく、養生は難しいものではなかった。青果仲卸店舗の2階床の高さまで単管パイプで組み上げられた作業床から、さらにもう1段天井作業が可能な高さまで床が二重に組み上げられ、タラップ(垂直のはしご)を登り作業床上でスモークによる養生検査、作業後の完了検査を行った。

青果仲卸棟アスベスト撤去養生は5工区に分けられた。第5工区にだけ吹付けアスベスト(左図の5の部分)
①青果仲卸棟図面PDF・中央部5の部分に吹付けアスベストがあった。

青果棟一部天井の劣化した吹付けアスベスト養生検査のようす
②青果仲卸棟劣化した吹付材

青果棟一部天井の劣化した吹付けアスベスト天井の上の屋上に空間が繋がっていた。
②青果仲卸棟劣化した吹付材

第2低温卸売場煙突カポスタック

 第2低温卸売場は市場内の隅田川沿い、晴海通りに近く勝鬨橋のそばに位置していた。この建物は高い外壁全面の塗材にアスベストが含有し、一部内壁の塗材にもアスベストが使用されていた。2階3階は、はがされた天井の裏や壁材の裏に大量に吹付け材が施工されていたが、分析の結果アスベスト含有ではないことが判明していた。

 外壁のアスベスト除去の養生設置作業の際に、壁のなかに埋め込まれ、長年閉鎖されていた2階の機械室跡から、屋上に突き抜ける煙突が、外壁の躯体の中にあるのが見つかった。煙突にはニューカポスタックと思われる石綿断熱材が施工されていた。これも事前調査では見つかっていなかったものである。

壁の穴の奥の煙突断熱材
③第2低温卸売場煙突

煙突断熱材が屋上で露出矢印がアスベスト
③第2低温卸売場煙突

都築地市場事務棟柱壁一部吹付け材(過去の除去工事の取り残し)

 水産仲卸棟大屋根の扇の外周の事務所棟には、東京都市場当局の事務所や変電設備、卸会社事務所などがあった。昔、壁の一部と大きな円柱の外周に、吹付けアスベストが一面に吹かれていた。これらは、繰り返された改修・改造工事のたびに順に除去されてきたが、今回の工事で過去の取り残しが見つかった。太い円柱の上部や、壁材をはがしたそのあとに吹付け材の除去取り残しが発見された。これらを除去するために、吹付け材が部分的に確認された廊下部分、事務室部分全体を養生で密閉し、あらためて隅々まで除去された。

事務棟壁板裏の取り残された吹付けアスベスト
④都事務所棟取り残し

事務棟円柱上部の取り残された吹付けアスベスト
④都事務所棟取り残し

水産立体駐車場機械室天井裏吹付け材

 水産立体駐車場ではレベル1,2の除去が1棟で34工区に分けて行われた。水産立体駐車場のアスベスト除去の最後の段階で、駐車場1階の隅に設置された機械室の、天井裏梁に、アスベスト吹付けがあることが判明した。これは建物の構造上、後から設置された予備電源用の機械室の天井裏である。1階の駐車場の鉄骨梁全体に吹付けられている吹付け材が、壁で仕切られている裏側に隠されているのではないかとの、ベテランの除去業者の推測のもとに、機械室の天井の上のコンクリートの壁をはつり、穴を開け、奥に潜り込んで確認したところ発見した。図面にもなかったが、除去業者の長年の勘で、あそこにはありそうだと判断したという。

 機械室の天井の高さまで壁に沿って単管パイプでやぐらを組み、壁にあけられた狭い穴に這うようにもぐりこみ、ほとんど腹ばいでその奥の梁をくぐると、吹付材が厚くこて抑えされた梁が見えた。非常に狭い空間での除去作業になる。養生の密閉を維持することは簡単なものの、作業者はしゃがんだままでも、ヘルメットが天井にあたるような状態での作業になる。ここも、監理会社、中央区による養生検査、完了検査が行われた。

水産立体駐車場機械室天井裏梁吹付けアスベスト養生検査のようす
⑤水産立体駐車場機械室天井裏吹付けアスベスト

外壁養生の手かざし確認

 築地市場では、さまざまな建物の外壁の塗材が大量に除去された。事務所棟、青果仲卸棟、正門駐車場棟、水産立体駐車場、第2低温卸売棟、水産第3卸売場、東卸会館、冷蔵庫棟等の外壁材にアスベストが含有していた。それらはレベル1除去工事として、建物外壁をすべて密閉したうえで、中を負圧にし、出入り口にはセキュリティールームが設置された。

 それらの外壁の養生は、養生設置前に、工事区域周辺の清掃が第3者により確認された。養生の組み立ては、設置される地面がきれいに清掃されていることを確認したうえで行われた。続いて、養生が完成すると、第1回目の養生検査を監理会社と発注者(東京都)と第3者として私が参加して行った。建物外壁の養生は、まずはスモークテストの前に、負圧機を稼働した状態で行われた。

 この時の養生の隙間などがないかを見る密閉の確認には、「手かざし」が活躍した。養生検査では、セキュリティールームから養生内に入り、幾段にも組み上げられた単管パイプの作業用の足場を、タラップや狭い階段を使って最上階まで上る。そして、最上階から隅々を見てまわり、順に階を下っていくが、密閉された養生内は暗く大変狭い通路で、さまざまに障害物があるので、養生に穴が空いている個所の発見は容易ではない。養生の穴といっても、ほんの数センチ、数ミリの穴で、目で見つけることはほとんど期待できない。広大な養生空間を隅々まで調べて、養生シートの合わせ目が不十分なところ、シートの切り口がふさがっていない箇所等を粘着テープでふさいでいく。ある養生内では、養生の穴が確認された箇所は数十に及んだ。何度かやっているうちにあることに気が付いた。中を負圧にしていると、外から風が入ってくるのである。複雑なシートの合わせ目や接着部に亀裂や剥がれがあると、素手で手をかざすと風が当たるのである。この手かざしセンサーはたいへん性能がよく、多くの箇所の養生の穴を見つけ出した。養生テープの輪に手首を通し、素手で養生の角やへりを触れない程度にすれすれに距離を置いて、ゆっくりと移動させると、さーっと風が当たる。その周辺をよく探すと穴が見つかる。そこを養生テープでひとつひとつ塞いでいった。

 一通り穴がふさがったところで、負圧機を止め、養生内でスモークを充満させる。外への漏れがないことを確認すると、負圧機を稼働し15分間での換気を見た。先に示したように、15分間で全部排気されることはまれである。それでもどこにたまりやすいか、どのような方向に粉じんが排出されるかを見ることができた。

養生の接合部に手かざしし、小さな穴を見つける
⑥手かざし写真

養生内の位置確認の養生シートへのアドレスの書き込み

 もう一つ、外壁塗材の除去工事現場での好事例を紹介したい。これは、第2低温卸売場の外壁塗材除去工事現場や他の養生でも見られたものである。

 私たちが養生検査で養生内に入り、タラップを登っていき、ふと養生のプラスティックシートを見ると、シートに「9-15」というように、太いマジックで書かれていた。その担当の職長さんに聞くと、これは工事が始まって、養生内が粉じんであふれ周辺が見えなくなったときに、自分が今どこで作業をしているか、作業者が振り返ってシートを見ると、下から9段目、北から15シート目のところにいることが判るように、アドレスを書いているということであった。

 養生内は高温多湿になり、作業者は顔の全面を覆うマスクを装着し、密閉度の高い防護服を着用し、養生内はグラインダーで削り取った壁材の粉じんの中での作業となる。作業者が突然体の調子が悪くなった場合など、自分が今どこにいるか、仲間に助けを呼ぶ際にも「9-15」といえば、すぐに場所が特定できるということであった。

 このようなお金をかけずにすぐできる改善事例は、施工マニュアルなどに例示し、同様の工事現場で共有すべきである。

 以上は実際に築地市場の工事現場で実施されたことであり、漏えい事故を実際に回避した事例である。同様のことは他の除去工事現場でも起こり得る。築地市場で行われた除去工事の様々な具体的な工夫は、お金をかけなくともすぐにでも他の現場で役立つことがたくさんあった。これらの具体的な事例と、漏えい回避の技術を、すべてのアスベスト建材を扱う解体業を行う業者とアスベスト除去業者が、訓練施設等で共有し、すべての解体等工事現場で実行される必要がある。