The Risk Communication Cases
築地市場施設解体に際して、設計図面によるアスベスト事前調査は繰り返し行われた。これは、1990年代に、市場施設の再整備事業が計画・実施され、市場内の建物は順に解体・建設工事が繰り返されていたことから、過去のアスベスト調査はそのたびに行われてきた。これに加えて、最終的に解体に係る際のアスベスト事前調査結果がまとめられた。
過去の詳細な調査結果にもかかわらず、いざ工事が始まってみると、事前調査では浮かび上がってこなかったレベル1,2のアスベスト建材が発見された。これは築地市場の建物群が、絶えず増改築されてきたことから、細部にわたる記録が保存されなかったこと、解体が始まる直前まで営業が行われ、建物の内部には立ち入りが難しかったこと、また、一部には民間の建物もあり、それらは築地市場が営業を終えた直後に都に譲渡され、過去の調査が及ばなかったものがあることなどによる。
これらの事前調査を逃れたアスベスト建材には、東京都講堂天井裏取り残し天井材、石油営業所折板裏吹付け材、警備本部折板屋根裏吹付け材、青果仲卸棟吹付け材の一部、第2低温卸売場煙突カポスタック、都事務棟柱壁一部取り残し吹付け材、水産立体駐車場機械室天井裏吹付け材などがあった。
これらは内装や天井板の撤去が始まった際に。その奥に見つかったもので、急遽工事が中止され、施工計画が新たに立てられ、中央労働基準監督署、中央区への届出がされたのちに工事が再開された。アスベストが発見され、工事が止まると、監理会社や除去業者、都職員、第三者としての私を交えて工事計画が検討された。
東京都築地市場内には、東京都の事務所棟があり、水産仲卸棟の扇型に沿って大屋根の最外側にカーブを描き、2階に1本の廊下が端から端まで、途中でくねりながら走っていた。廊下の両側に、様々な事務室が古い学校の教室のように並んでいた。それぞれの事務室は、入り口は木の扉で、木枠の窓に曇りガラスがはめこまれた昔ながらの役所の風情だった。都の事務室ばかりではなく、電算機械室、変電室、卸会社5社のそれぞれの事務室、銀行や郵便局まで揃っており、狭隘な路地もしくは艦船の内部を思わせた。長い廊下の突き当りに近い、青果仲卸棟と水産仲卸棟との境に、時計台と呼ばれる個所があり、1階からの階段が2階の廊下を回り込んで3階まで登っていた。3階には古ぼけた大きな木製の扉の奥に大講堂があり、ここで往年、東京都市場当局による様々な説明会、集会が開かれていた。
この大講堂の内装解体で、天井板撤去が始まると、天井裏に昔のアスベスト含有の天井板が撤去されずに残っていることが判明した。そのため、講堂内部に全面養生をかけ、スモークテストを実施し、その上で天井をはがし古いアスベスト含有の天井板を除去した。
この事務所棟は全体的に何度も内装の改修工事が繰り返されており、古い時代には必ずしもアスベスト成形板除去工事と位置付けられていなかったと思われる。
①講堂写真
この石油営業所は、市場の裏口ともいうべき門に、市場に沿って建てられていたガソリンスタンドで、市場が営業を停止する直前まで民間のガソリンスタンドとして営業しており、東京都のアスベスト調査対象から外れていた。撤去が始まり、重機が折板屋根を一噛みした時に、奥に吹き付け材が見え、直ちに工事は中止されかみ口は密閉された。
ガソリンスタンドの周囲に、天井を超える高さの足場が組まれ、折板屋根から1メートルほど下がったところに除去作業用の床が組まれた。折板屋根の上は覆わない除去が計画されていたが、監理会社と私は足場にのぼり、除去業者の職長と全体を見渡しながら検討を重ねた。
折板屋根は折板の三角のへりの小口部分からの粉じん漏えいが問題になる。その小口部分のへりは、スタンドの店舗の建物とゆるく接しているようで、隙間の確認ができなかった。そこで、せっかく養生を完璧に作り上げ、中でスモークテストをしても、屋根のへりからスモークが漏れて養生の再構築になっては、二重の手間になるので、屋根全体を覆うような養生が可能かどうか話し合った。職長は、足場設置の専門の担当者を呼んで、意向を話したところ、少し時間はかかるが問題ないということであった。折板屋根全体を養生内とする、外側をすべて覆う足場組みと、全体を覆う養生が設置された。
セキュリティールームは、グランド面に設置され、養生内を作業床まで梯子を登って、作業空間に入る仕立てであった。建物全体は北側の面だけが入り口として開いていたが、三方はほかの建造物と外側の防音パネルで塞がれており、そこに入口が設置された。この方向しか開いていないことから、負圧機の設置もセキュリティールームのすぐ横で、ダクトを伸ばし延長ユニットのマニホールドでの吸引が計画された。この点も、換気の際のショートサーキットを回避するために、セキュリティールームの向かい側の一番遠い面に、負圧機の設置の変更ができないかを提案、検討した。隣の建物との間の垣根の上に設置を変更することで、養生全体の吸引を可能にした。養生空間は比較的狭く、障害物もなかったことから、スモークテストでは短時間できれいに排気できた。
さらに、作業空間では、床面の金属製の養生板に、滑り止めの丸い突起が多く抜いてあり、その上に養生のプラスチックシートが直に張ってある。作業者が上を何度も歩くことで、シートに穴が開くことがあると指摘を受け、養生床の上にさらに薄いベニヤ板を入れた。
これらの下準備を施し、安全性を高めた除去工事が実施された。これは、足場設置の早い段階から現場の状況認識を共有し、第三者の意見が受け入れられ反映した工事で、リスクコミュニケーションの一つの成果である。養生設置前の段階での第三者を交えた工事の検討は、養生完成後の変更に比べ、はるかに容易で、安全性が確保される。
②ガソリンスタンド写真
②ガソリンスタンド写真
築地市場正門の交番の裏手にいくつかの事務所があり、そこに警備本部があった。昔の東京都内を走る都電の変電所の建物の隣である。築地市場の正門付近は、昔、東京中を走っていた都電、ちんちん電車の発着所だったそうである。
警備本部の折板屋根裏吹付け材も、事前調査漏れの吹付け材で、設計図書にもなく、天井板をはがした際に天井裏に吹付け材が現れた。これも狭い空間での折板屋根の吹付け材で、除去作業の難しさはなかったが、屋根の上にのぼってみたところ、折板のへりの三角の部分が十分にはふさがっていないように見受けられた。そこで屋根全体の側面を含めそっくり覆う養生を提案し、外への飛散を予防した。
ここの折板屋根は、面積も狭く屋根全体が屋上に平たく低い位置に突き出ていたために、屋上の養生も設置しやすかった。屋上に突き出ていた部分をプラスチックシートで全体を包むようにして、外への粉じんの漏れを防いだ。
折板屋根の裏側の吹付けは、ガソリンスタンドであれ警備本部屋根折板であれ、一般的には屋根の内側の養生は考慮されるが、屋根のへりの小口部分から外への粉じん漏えいは見逃されることが多い。養生内を負圧に維持するためにもへり部分の事前調査やそこから粉じんが漏れた場合の対策の検討は、注意される必要がある。
③警備本部屋上写真
青果仲卸売棟の一階部分は天井部分一面に吹付け材が施工されていた。しかし、分析の結果はロックウール吹付けで、事前の調査でアスベスト含有が確認されたのは、収容されている仲卸店舗(およそ130店舗)それぞれの壁の塗材、仲卸売場周囲外壁の塗材がレベル1除去対象とされた。
青果仲卸棟の屋上には、先述した大量の吹付け材があった駐車場のほかに、変電施設が4棟設置され、そのうち1棟には天井梁に吹付けアスベストが施工されていた。その1棟以外にも、柱や壁にケイ酸カルシウム板が貼り付けられていたことから、レベル2工事が計画された。
吹付けがある変電室では、床から変電機器が固定し設置されていたことから、機器の上の高さまで作業床を立ち上げ、養生で密閉して作業空間を作った。吹付け材は劣化し、一部落下し垂れさがりなどが見られた。作業空間へは梯子を上り、スモークテストを行った。空間は狭いために、スモークは15分できれいに排気された。
④青果仲卸屋上変電室吹付けアスベスト
除去工事が開始され、負圧除じん機の排気口での測定で、2月の半ば、その日の夕方速報で異常値が検出されたと報告があった。粉じん漏れの報告である。工事は緊急に停止され、周辺の濃度、同時点の他の測定値の確認、敷地境界での濃度測定値を報告させ確認した。
異常値が観測されたのは、変電室近傍の10地点中6地点で、1.0f/ℓから32f/ℓ(クリソタイル、クロシドライト、アモサイト)が検出された。最大値が観測された地点は、敷地境界からの最短距離で70mほどの地点であった。また翌々日に再測定を行い、最大値0.72f/ℓであった。
この事態を受け、東京都は工事の緊急停止、原因究明、再発防止策を検討した。アスベスト除去工事に詳しい専門家が、漏えいの現場を調査し、いくつかの原因が指摘された。一つには除去現場の事前清掃が不十分だったことにより、床にあったアスベスト粉じんを排気口から排出された空気が巻き上げてしまったことである。
また、隣接する変電施設の中で、ケイ酸カルシウム板のレベル2の撤去が同時期に行われており、そのアスベスト粉じんが排気口から漏れ出たのではないかという可能性も考えられた。この場合何らかの原因で負圧機のフィルターの設置が不十分であったことが考えられた。この負圧機の排気口は今回の測定場所方向を向いており、排気口の向きについてもその後全工区で見直しが行われた。
もう一つの可能性は、これはこの漏洩事件があって初めて気づくことができたのであるが、吹付け材のある変電室の床に、幅30cmほどの溝があり、一部に鉄板がかぶせてあった。その溝が床下とつながっていることが判明した。この穴が下の階の青果仲卸棟の天井裏に貫通していた。そして貫通した先に吹付け材があり、その部分だけアモサイトのアスベスト吹付であることが判明した。
青果仲卸棟全域およそ7300m2のアスベスト含有無しの吹付けロックウールに対して、変電室の床下の裏側だけ55m2ほどが吹付けアスベストであった。これは、変電室の漏洩がなければ、見逃されていた吹付けアスベストだった。
緊急に再発防止策が検討された。広大な敷地内で160棟を超える建物群で、増改築を繰り返した築地市場では、このような見落としがあり得るということは、事業者にとって大きな教訓となった。
再発防止策として、関連の解体業者、アスベスト除去業者を集め、情報の共有のため勉強会が開催された。この事件以後、除去業者、東京都の安全な工事に対する意識が高まった。東京都は担当部署の職員が、独自で現場のパトロールを行って、取り残しのレベル3建材を発見し、その個所の再清掃を命じた。除去業者も監理会社の養生検査の前に独自でスモークテスターを購入し、検査前の確認を行うところも現れた。実質的に養生検査が二重、三重に行われるようになり、安全性への意識が高まったといえる。
これらの解体工事現場でのアスベスト粉じん濃度の上昇はあってはならないことである。しかし、築地市場の建物群のような増改築が繰り返された施設では、あり得ることであろう。さらに言えば、築地市場で実践されたように、各工区周辺濃度測定を実施していなければ、青果仲卸棟の天井裏の一部の吹付けアスベストは発見されなかったであろう。その意味でも、工事期間中の濃度測定の実施は、大変大きな意味がある。
築地市場のようにアスベスト対策に早くから取り組み、リスクコミュニケーションをはかり、繰り返し事前調査を行っても、現実には見落としがありうるということである。同様の全国に展開されている中央卸売市場や全国の学校施設なども同じ条件下にある。その場合、今回のような事案が発生することは避けられない。
したがって、このようなアスベスト粉じん濃度異常値が検出されたときに、それを隠して、なかったことにするのではなく、情報を速やかに関係者で共有し、柔軟な対応、被害の最小限の抑制が最大の対策となる。そのためにも第三者の工事への介入と、発注者、事業者による異常値検出の際の、緊急対策への事前の準備が重要である。その意味で、工事中の濃度測定による監視は重要で、法的に位置づけられなければ、飛散防止のための柔軟なアスベスト撤去工事の運営はできない。