視点・論点での発言内容

The Opinion told in the TV Programme

石綿対策 今何が必要か

2005年7月22日(木)NHK教育TV 22時50分からの「視点・論点」にアスベストセンター代表の名取医師が出演しました。その際の発言内容です。

 石綿の健康被害の報道が続いています。石綿(いしわた)障害予防規則が施行されたこの7月、欧米から大分遅れましたが、多くの人が中皮腫の言葉を知り石綿のリスクの認識に到った事は極めて重要だと思います。しかし突然不十分な対策を行っては、対策による失敗が加わってしまいます。日本の石綿対策で、今重要なことは何なのか? 私はこの20年間の経験を元に、第1に石綿情報の開示と周知、第2に健康対策、第3に石綿飛散の防止、の3点と考えています。

第1点は、対策の元となる情報、石綿に関する情報の保有者が情報を開示し、周知する事が最も重要です。

 石綿製造業の被害に関する情報は、最初に公表した会社の英断に比べ、わずかな情報にとどまる会社が多く、一層の情報開示が必要です。多くの方は健康被害を恐れて、今後様々な対策を真剣に実施されるからです。関連する下請会社、石綿関連のその他の企業や建設業も、石綿製造業に準じ情報の開示を行って頂きたいと思います。

 石綿製造業の情報開示では、現在まで製造した石綿含有製品と代替製品に関する、写真と製造及び市場流通年代の情報の提供と周知が肝心です。多くのユーザー企業や最終消費者は、石綿含有製品と代替製品の写真及び年代情報を知って、過去の石綿曝露の不安を取り除き、今後の飛散防止の活動が可能になるからです。石綿協会や関連する業界団体は、保有している石綿商品の情報を提供する社会的責任があります。石綿吹きつけ業であった石綿企業は、今後の環境への石綿飛散防止のため、保有する石綿吹きつけ建築物台帳を、公表してほしいと思います。 

 石綿関連の情報を最も保有しているのは、実は厚生労働省です。本省は統計情報しかないでしょうが、労基署には事業場、疾病、給付種別の個別情報が保管されています。多くの職種や地域の方が石綿被害の実態を知り、今後注意をする事が可能となるよう、認定年、企業名、疾病名を緊急に整理し開示してください。厚生労働書は特定化学物質等障害防止規則で、1970年代から1000社を越す石綿製造業に、監督署が検査指導を行っています。企業、事業所名称、所在地、使用石綿の種類、量、時期、職場の石綿濃度、健康診断結果等に関し、周辺住民がわかるように整備し公表して頂きたいと思います。

 その他の省庁や、自治体行政の情報開示も重要です。経済産業省窯業建材課は、石綿関連企業の商品とその代替化等に関し経年的な調査を行ってきました。その情報を多くの国民が利用できる形で、公表して頂きたい。環境省は大気汚染防止法に基づく過去の情報を保有、公表が必要です。文部科学省は、情報内容は不完全ですが学校の吹きつけ石綿情報を保有しています。

 問題は、最も危険な吹きつけ石綿の吹きつけ量と除去量の統計すら、国が現在公共施設でも民間でも把握していないという事実です。文部科学省は今年新たに学校の再調査を決めましたが、1987年の轍を繰りかえさない様に、調査員を石綿作業主任者等の有資格者とし、調査は図面と目視だけでなく天井内を極力確認し漏れのない調査と明確に指示すべきです。保温材や石綿含有建材等も調査対象とすべきでしょう。国土交通省は、過去に民間の建物調査を行い、本年度も再度実施する予定です。中越地震で、建築規模を1000平方メートルとした国土交通省の過去の建物調査では、多くの民間の吹きつけ石綿建築物が調査対象外で、石綿飛散を起こしました。駐車場を含めた規模要件によらない全数調査を実施し、両省庁ともその結果を公表して下さい。  自治体の建築部局は過去の公共建築物の吹きつけ石綿及び石綿含有建材の情報を、大気部局は石綿除去工事の情報を保有しています。周囲に居住する人が使用できる様に公表して頂きたいと思います。以上の国自治体企業の石綿関連書類は、永久保存として数年で廃棄処分する事がないようにする事も重要な所でしょう。

第2点は、悪性中皮腫・石綿関連肺癌・石綿肺等の健康対策です。

 厚生労働省は、本年度に2003年度の悪性中皮腫878名の全数調査を決め、対策は一歩前進しました。しかし労災保険は5年が時効ですから、2000年7月以降に亡くなられた方から時効が順次成立します。2000年の方も早急に調査対象として、過去10年の全中皮腫死亡者に労災制度やその他の救済制度を早急に周知すべきです。他の国は、癌登録制度の一つとして中皮腫登録制度を導入し、職業や環境曝露族曝露の診断に成果をあげています。国は中皮腫登録制度を実施すべきです。

 環境曝露や家族曝露の方は、既存の医療保障や休業補償や遺族補償の体系では、救済されない状態になっています。国は環境曝露と家族曝露の実態調査・研究を行うと共に、家族曝露は職業性曝露に関連して起きるため労災保険関連の事業として、工場や鉱山周囲の環境曝露は公害や鉱害に準じた制度として、建築物に関する環境曝露は公害の扱いが難しければ新たな枠組みで、救済する補償体制造りを早急に検討して頂きたいと思います。

 悪性中皮腫や石綿肺癌に関する診断と治療の進歩が、切実に望まれます。研究者の努力が続いていますが、数年以内に悪性中皮腫の予後を画期的に改善する治療法の開発は国際的に難しいとされます。患者さんと家族にとりケアの体制が重要な時期が続く訳で、当事者団体と関連NPOが参加した、中皮腫と肺癌の研究とケアに関する研究班を是非設置してください。

 退職後の健康管理体制として、既にある石綿健康管理手帳制度の改善が必要です。石綿肺及び胸膜肥厚斑の存在を支給要件とした事、厚生労働省が認可した都道府県内2カ所程度の医療機関でしか受けられない事で、支給者は石綿吸入者のごく一部です。職業性石綿曝露が数ヶ月以上ある全員に手帳を支給、健診医療機関は届け出制とし、家族曝露者にも健康管理手帳の支給を検討すべきです。

第3点は、今後の石綿の飛散防止です。

 日本は今なお石綿製品が使用され、代替品のあるモルタルやパッキング等の使用が続きます。一部の製品は代替困難でなく、業界やユーザー企業の圧力があった話も聞かれます。2008年に、石綿は全面的に禁止となるそうですが、可能な限り前倒しの実施を望みます。

 天井や壁に吹きつけ石綿、石綿含有吹きつけ岩綿があり、封じ込めも囲い込みもないオフィスや倉庫や教室で、暮らし働く方の悲痛な相談が増加しています。床や机に石綿が落ちるのに、社長はとりあってくれないというのです。早急な除去対策が必要で、零細の民間の建物保有者には、新しい補助制度を導入した吹きつけ石綿対策も必要でしょう。 

 石綿含有建材の対策は、石綿障害予防規則の周知を徹底し、労働安全衛生活動での石綿対策を強化、監督署による巡視も必要です。住民が飛散を懸念する違法工事の際の相談先として監督署を明示し、敏速に監督していただく必要もあります。解体工事業へ十分な工費の確保が必要である事は、いうまでもありません。

 石綿の廃棄物対策の充実、大気汚染防止法の石綿の敷地境界10F/Lの現在の妥当性も問題です。地震の際の石綿対策、特に被災者生活再建支援法に吹付け石綿判定項目がなく解体費用に算定されていない問題は重要です。

 石綿対策は、広範かつ重要で、民間のNPOの提案や知恵を有効に活用する柔軟さが、今、国に求められていると思います。