大気汚染防止法の改正
それでも残される課題

Panel Discussion 2020

司会 外山氏の講演を始めさせていただきます。

外山 東京労働安全衛生センターの外山と申します。私の方は、「大気汚染防止法の改正 それでも残される課題」です。これまでご指摘のとおり、今日は5月15日ですが、衆議院の環境委員会で改正大気汚染防止法が可決ということで、この後、国会の審議がさらに進んでいきますが、改正されるという見込みになってきています。私自身は改正のための小委員会の委員として参加してきました。やはり、これまでご指摘のあったとおり、それでも残される課題が非常にあるということを今日はご指摘したいということで準備してきました。

 今回の改正のポイントですが、これは大きな改正と言っていいと思います。これまで、届け出対象ではなかったレベル3の成形板についても届け出等の規制を開始するということ。2点目は、事前調査の結果を報告するということで、これも全ての解体工事に関して事前調査結果の届け出を義務化しようということです。3点目は、調査の方法と調査を行う者をきちんと決めるということです。4番目に、除去が適切に行われたこと、完了検査あるいは終了確認と言っていますが、それを発注者に報告するという、確認した上で発注者に報告することが義務づけられます。5点目は、直接罰を創設ということで、この5点が主な改正点だと言っていいと思います。

 中身的には、やはり大きな改正だと思います。これは、今回の改正のポイントを条文でまとめたものですが、大気汚染防止法の中では18条の14以降に石綿の条文があり、これまでの旧条項では18条の14から20までの7項だったのですが、今回の改正では26まで増えるということで、13ですから、倍増に近いぐらい、項目は非常に増えるということですね。赤字の部分が改正点になります。そういう意味では、条文的には、これはかなりの大改正と言ってもいいだろうと思います。しかし、それでもやはり足りない部分、不十分な部分がたくさんあるのだということを指摘せざるを得ません。

 パブコメもたくさん寄せられました。300件を超えるものが幾つもありました。一つずつ見ていきますが、「ライセンス制を導入すべきだ」というパブコメが324件ありました。これも諸外国では当然、アスベスト、発がん物質を扱う非常に危険な仕事ですから、ライセンス制なり許認可制なりというものがあるわけですが、日本では届け出さえ要らないということで、誰でもできてしまうという状況がずっと続いてきてしまっているということです。特に、解体や石綿の除去は囲われた中で行われるので、周囲の監視が難しくなります。安全対策を省略したり、場合によっては何もしなかったりするようなこともあり、それで会社は大きな利益を得ることになります。除去費用にはこのぐらいお金がかかるのです。場合によっては数百万円ぐらいかかるものを全くしないで除去してしまっているというような事例もあります。このような保護具などの安全を確保するための道具は結構高いのです。タイベックも1着1,400円で、普通は1日に1人4着使います。フィルターも1組2,300円ということで、このようなものを省略することによって会社が利益を得ます。密室の中で行われてしまっているので、誰も分からないことも問題です。

 ライセンス制については、ILO条約にも違反しています。ILOの石綿条約の第17条には、除去作業は「そのような作業を行う資格を有すると認められ、かつ、そのような作業を行うことを認められた使用者又は請負人によってのみ行われる」とあります。日本はこれを批准しています。ILO条約だから、どちらかというと厚労省の話かもしれませんが、このような国際条約にも違反しているという状態が続いています。

 海外ではどうなっているかというと、英国では、HSE安全衛生庁に申請をして、結構厳正な審査を受けて、ようやくライセンスが取得できますし、簡単に、はく奪もされてしまいます。審査は、書面の審査、取締役との面談、それから実地審査までやってようやくライセンスが取れるということです。韓国は、1990年から許可制があり、2010年に若干、規制緩和され、登録制度になりました。

 いずれにしても、米国でも韓国でもかなり前から導入されている状態です。小委員会の中で、私も何回か指摘しているのですが、無視されてしまいました。ヒアリングでも、NGOの代表、被災者団体、さらには業界団体からも必要性を訴えています。しかし、議論さえ満足にされていないという状態で、この点はやはり、非常に重要な問題だろうと考えているところです。

 それから、2番目、「直接罰の適用範囲が狭い」ということで、これも、作業基準違反に直接罰を適用しろというパブコメが寄せられています。法律を見ると、18条の19第1号のロ、これに違反しないと罰則の適用がしづらいというような構造になっているのです。ここには何と書いてあるかというと、「隔離をして、除去を行う間、隔離した場所において集塵・排気装置を使用する方法」ということなので、これらを全く使わない場合のみしか、この直接罰が適用しづらい、できないことはないけれども、非常にしづらい状態になってしまっているということです。政省令で、きちんと罰則を適用する範囲を書き込んでもらうことが必要かと思います。せっかく直接罰を導入するのですが、まだやはり適用範囲が狭いです。大気汚染防止法において、前回の法改正以降では、罰則の適用実績はゼロなのです。ですから、その点も抜本的な改正が必要です。これは小委員会の中で環境省が出してきた資料ですが、前回の改正以降、全部ゼロです。違反・告発件数は4年間、全部ゼロになっています。

井部 告発は1件だけあります。この後はないけれども、手前に1件だけあります。そこに「1」と書いてあります。

外山 これは改正前です。改正後はないということで、これでは抑止効果も何もないだろうというところですね。

 3番目です。除去中の石綿濃度測定の義務化がないというところです。これは大問題なので、私の専門でもあるので、細かく説明していきたいと思います。パブコメでも349件ありました。これはもう異常な状態ですね。先進国では考えられないような状態になっています。気中濃度測定の重要性は今さら言うまでもないのですが、証明された発がん物質をまき散らすような作業ということになるわけですから、測らないでどうするのだということです。1940年代から肺がんの報告があります。古くから知られる発がん物質で、測定自体は50年代から行われているのです。今も行われている基本的な測定方法は50年代から行われていて、世界中に普及しています。そのようなデータを基にして、IARCは、1977年に発がん性の認定をしていますし、87年にはグループ1ということで一番強い発がん物質だと規定しています。石綿は、そのような発がん物質です。

 昔から被害が出てきているということで、いろいろな疫学調査がされました。その中で、「量反応関係」と書きましたが、たくさん吸えば吸うほど発がんのリスクが高くなるということです。これは常識的に理解しやすいと思いますが、たくさん吸えば吸うほど、影響、リスクは高くなるということで、このようなグラフで説明されることが多いです。では、「ばく露量」とは何かというと、ばく露濃度×時間です。どのぐらいの濃度のものをどのぐらいの時間吸ったのかということでばく露量がわかります。25繊維/ml×年、25f/mlに1年間ばく露した、あるいは1f/mlに25年間ばく露のように、ばく露量として把握されるわけです。ですから、濃度を測らないとばく露量は決して分からないということになります。ばく露濃度が分からなければ影響リスクはさっぱり分からないという状況が続いているということになります。

 古くから被害が出てきています。逆に言うと、人を犠牲にした疫学調査のデータがたくさんあるわけです。それでもってこのような計算をすると、発がんのリスクが分かります。こちらは肺がんで、こちらは中皮腫です。あとは、吸い始めた年齢も関係してくるのですが、いずれにしてもばく露濃度と年数が分かればリスクがリアルに出てくるというような特徴があるわけです。このデータを基にして、例えば1986年に米国はアスベストの規制を一気に強化していきますが、そのときに、この計算式を基にして、45年間、0.2f/ml、職業曝露を受けると、1,000分の6.4というリスクになるということを計算して、この規制値に持っていったということです。日本は2000年に同じようなことをやっていて、日本産業衛生学会というところが、許容濃度として、クリソタイルのみのとき0.15f/ml、それから角閃石を含むときは0.03f/mlという許容濃度を作りました。これは職域での許容濃度です。つまり、これはリスクを1,000分の1以下にしようということを目標にして作られた値で、それは50年ばく露で1,000分の1リスク、これらのリスクを足したときに1,000人に1人を超えないということでもって作られた数値ということです。つまり、このような数値を基にしてリスクがきちんと把握できるわけだから、可能ならば、測定する。それによって得られた濃度に応じて、対策を立てるということが重要になのですが、日本ではそれができていない。リスクが分からないということです。

 石綿濃度はどのようにして測るのか?例えばこのような石綿関連の作業です。ここに機械がありますが、ポンプがあって、フィルターがあります。この作業をしている方の襟元にもフィルターがあります。ここでフィルターに石綿を吸い込んでといいますか、付着させて、その繊維を計数して算出します。目で見て数えるということですが、石綿の濃度を出すためには、この方法でしかできません。フィルターはこのようになります。これが粉塵です。その中に、このような石綿の繊維があり、このようなものを一本一本数えていきます。これは私たちが実際に実証実験で測定しているのですが、このときの濃度は、実はアモサイトで3.5f/mlという数値が、この方の襟元から出てきました。これは大変な数値なのです。これはアモサイトが入っていますから、許容濃度の0.03f/mlと比較すると100倍以上のものが出ているということで、例えば、この作業を1日やってしまうと、この人は100日分ぐらいの量を一度で吸ってしまうということで、非常に危険だということが、測定して初めて分かるわけです。しかし、日本には測定義務がないという状態が続いてしまっています。測定については、今回の法改正で議論はされました。されましたが、結局は義務化されなかったということで、これは最大の問題ではないかと私自身は考えているところです。

 技術上の課題があるということで先送りされているのですが、技術上の課題などはありません。諸外国では全て実施されています。英国では常に監視しています。国内でも半数以上の現場で実施されています。これは後で資料をお見せします。大防法の目的が達成されていないという状態です。第1条に何と書いてあるかというと、「大気の汚染に関して人の健康に係る被害が生じた場合における事業者の損害賠償の責任について定める」と書いてあるのです。ですから、他の物質は濃度基準があって、測定しなければならないという義務があるわけですが、石綿だけがないわけです。つまり、測定の義務がなければ、被害が発生しても原因も分からないわけだから、損害賠償の責任を問うことができないという状態ですから、第1条の目的が達成されていないという状態が続いているということで、まさに異常な事態だと言っていいと思います。

 少し戻りますが、諸外国において、米国、ここには「必要なし」と書いてありますが、基本的に行われています。英国は常時監視で、基準値は10f/mlです。ドイツも排気口などでは常時監視で基準値は1f/ml、これは電子顕微鏡でされています。韓国も、作業場内はなさそうですが、作業場の周辺では常に監視ということで、やはり基本的に行われているということです。日本ではどのようになっているかというと、これは環境省が出してきた資料ですが、茨城県や東京都などの自治体では濃度測定が条例で義務づけられています。これは環境省が自分から出してきて集計までしてくれたものですが、全体で見ると、実は既に全体の54%は濃度測定をしているのです。半分以上やっているのです。なぜできないのかということで、濃度測定に関しては非常におかしなことだと思います。

 それから、「第三者の資格者の制度化と育成」ということで、やはり主には事前調査です。建物調査や完了の確認、つまり終了検査ですが、これらに多くのパブコメが寄せられています。当然、このような検査や調査というものは工期と費用に大きく影響してくるということですので、やはり利害関係のない第三者にやらせるのは当然のことだろうと思われるのですが、ここの部分が非常に弱いところです。事前調査の問題については、通常使用している建物調査に義務がないということに起因する部分もあると思うのです。つまり、通常から建物調査が行われていれば、第三者的な調査が行われているわけですからね。実は、日本の場合は除去が入って初めて調査ということになるので、除去業者や解体業者が調べるという状態になっています。調査者という制度があります。建築物石綿含有建材調査者という公的な資格者制度があります。しかし、この部分が、だいぶ、ハードルといいますか、資格条件が下げられてきてしまっているという懸念があります。精度、正確さ、公正さ、中立さというものをどのようにして担保していくのかというところも非常に重要な課題になってくるところだと思います。

 4番目に終了確認の方ですが、これは、石綿が取れたかどうか、発がん物質が残っているかどうかという検査ですから、やはり第三者でなければいけないということは常識的に分かるところです。しかし、今回の改正では自主的な検査でよいとされてしまっています。解体される建物には証拠が残りません。解体されてしまえば何も分からなくなります。先ほどの4カ国では、第三者による検査を義務づけています。イギリスの場合は非常に厳しくて、検査者がその責任において、あとの工程の開始を許可するという仕組みがあります。こういう仕組みが必要です。答申では、「将来的に検討する」となっていますが、早急な検討と実施が必要と思います。

 環境省が小委員会で出した資料でも、米国は第三者、英国はISO認定を受けたところ、ドイツも第三者、韓国も第三者ということで、日本だけが自主的な検査でいいのか?ということが言えると思います。

 5番目は、罰則が軽過ぎるという点です。発がん物質を飛散させても、最大で6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金では、だめだろうということです。量刑水準が40年前のままです。大防法を全体と書きましたが、日本全体の問題とも言えます。例えば廃棄物処理法などは罰金は最大で億です。著作権法も億です。JISマークを不正使用したら最大で1億円の罰金です。やはり何か産業優先といいますか、命や健康が非常にないがしろにされているということが反映されているのだろうと言わざるを得ないと思います。これではしようがないです。

 最後ですが、通常使用時の建物調査という点で、これは私が入った小委員会で答申に書きました。何と書いてあるかというと、「建築物等の所有者等が、通常使用時において、可能な範囲で、建築物等への石綿含有建材の使用状況の把握に努めることが重要」で「そのため、国および都道府県等は、所有者等による使用状況の把握を後押しすることや、把握された情報を災害時に活用することに努めるべき」ということです。これは確かに反映されています。それで、18条の24と25が追加されました。これは国および地方自治体の施策ということで書かれています。これはすばらしい、良いと思うのですが、中身がいま一つで、何と書いてあるかというと、「必要な情報の収集、整理、提供」、それから「把握に関する知識の普及を図るよう努める」と書かれています。この「知識の普及を図る」ということだけで、この所有者が自分で石綿含有建材の状況を把握するようになるのかということですね。国や地方自治体の施策を入れたのであれば、どうせなら、きちんと所有者の努力義務のようなものも、他の条文にはあるわけだから、入れることもできるわけですね。ですから、そのようなものをここに追加して、やはりきちんと通常使用時に建物の調査をするような後押しをするという、努力義務にならざるを得ないのかもしれませんが、それでも、努力義務であっても、そのようなものを入れていくということが大変重要ではないかと思います。

 最後のまとめといいますか、今までも言ってきたことですが、ライセンス制の導入、直接罰の適用範囲をもっと広くしようということ、除去中の石綿濃度測定の義務化、第三者の資格者の制度化と育成や、罰則をもっと重くしろ、通常使用時の建物調査をもう少し後押しをしようというあたりです。このあたりが「それでも残される課題」なのだろうと考えているところです。今日、国会の審議の中で、野党が提出した附帯決議、「5年の見直し時期以前であっても必要に応じて所要の措置をとる」というようなことが一応、可決はされているので、そのようなところに期待しつつ、5年ではなくてもっと早い時期の大気汚染防止法の抜本改正を目指していくことが必要かと思っています。私の話は以上です。ありがとうございました。

司会 一旦終わります。