適切な吹き付け石綿除去工事と不適切な除去工事例

Symposium Summer 2006

司会(名取): アスベストに長年関連している方は、石綿除去工事が急増する時は色々問題が起きることを知っている方が多いのです。しかし多くの国民や報道機関の方々は、あれだけの石綿問題が起きた後だから、当然石綿対策はきちんとやるに決まっている、と思われていると思います。しかしこの春以降石綿除去業者の方から聞こえてくるお話は、不適切な工事がまたあったという話で、さらに今年の夏は必ず何か問題が起こるという話でした。どなたに聞いてもそう答えられましたので今回緊急ですが、この企画をさせていただきました。現場に近いところに居る方が持つ危機感を最初にお話いただいて、その後厚生労働省の方に本来法的にどうすべきかというお話をいただき、その後シンポジウムの形で今年の夏どういうふうにしたら石綿飛散を少ないものにできるかという話をしていただきたいと思います。

 まず報告の最初ですが、東京トリムテック仙台営業所所長の落合伸行氏からお願いいたします。

落合: よろしくお願いいたします。アスベストが社会問題として提起されるのは私の経験では10年に1回くらいです。昨年のクボタの発表が3回目の波だと思います。ところが昨年の波はただの波ではなくて、大津波という感じでいろいろな現場が大変混乱しています。それがこの2006年の夏、今の話なのです。

 まずアスベストが国民的な社会問題となった発信企業であるクボタ、ニチアスなど。企業の隠蔽体質を打破したという点で、私はそれらアスベスト関連企業に良くも悪くも情報を公開した、という点で敬意を表したいと思っております。

 私は一地方からの発信ということをテーマにしたいと思います。

 アスベスト対策工事が今どうなっているかというと、この10ヶ月くらいの間にアスベスト除去の会社がともかく急増しました。2ヶ月ほど前に私は多くの方のルートで情報収集しました。「貴社は何班くらい人がいるの?こういう名前の石綿除去の会社は聞いたことある?もっと他にあるの?」と聞いてみたところ、この10ヶ月の間に私の住んでいる地方ではなんと5倍もの石綿除去業者が出来ました。今まで名前も聞いたことのないような、それらの業者は"我が社はアスベストのプロである"とか、"環境にやさしい会社"だとか"価格は合わせます"とか、ホームページを開いたり、建設関係の新聞に広告を出したりしています。なぜこのように急増、乱立したのか。公共工事の減少も遠因にあるかもしれませんが、これは"アスベスト除去工事は儲かるだろう"というたった1点につきます。そういうことで永年の経験のあるアスベスト専門業者ではない、解体業者さんや内装屋さんや塗装屋さんその他多くの業者さんが名乗り出ております。雨後の筍のように俄か出現したそれらの業者、私達は"たけのこ族"と言っておりますが、工事をしはじめております。自治体によっては本年度、あるいは来年度までにアスベスト除去物件を解決させてしまう、という方針を打ち出している自治体もあります。つまり今、予算が付いてどんどん工事が発注されています。この夏休みの学校現場などは入札のピークですが、その落札状況等を見ますと本当にそれらの業者でいいのかと疑問に感じております。不安でたまりません。

 「適切な工事」という命題があります。首相もよく"適切に"と言っていますが、この"適切"という言葉ほどあやふやな表現は無いような気がしてなりません。何が適切で、何が適切でないかが、個々の業者、最前線での作業者でかなり違うと思われるからです。例えばここにペットボトルがあり、私がゴミ箱に捨てる。娘は「お父さん、キャップと本体を分別しなくてはいけない。」と言う。お母さんは、「それだけじゃ駄目でペットボトルに書いてあるラベルも剥がさなくちゃ駄目。」という。ペットボトルを捨てるという僅かな行為ですら、このように温度差があるのに、この夏のアスベスト除去は業者により、あるいは個々の作業者により、危険作業という認識度やモラルの違いは南極と赤道のような温度差があるような気がしてなりません。

 アスベスト工事は総合的にプランニング出来る能力を持った業者であるべきです。

 例えばの例ですが、写真のような現場があるとします。

(1)天井の点検口を開放

点検口から覗くと梁に吹付けアスベストの耐火被覆がありますが、天井裏のボードに経年劣化したのか、アスベストが落ちている場合があります。

(2)天井裏の状況

 このような状態を初期の総合的なプランニング無しで解体してしまうとすれば、アスベスト除去の工事前には既に著しく粉塵が飛散しているだろうと予想されます。

(3)バールなどで壁・天井板撤去

 アスベスト工事は発注者も元請も、経験のある除去業者と一緒になって総合リスクマネージメントする仕事なのです。

 昨年の石綿則では発注者の責務も明文化された画期的なことですが、次のような現場もたくさんあります。

ケース1 身体も手もはいらないような天井に吹付けアスベストがある現場

ケース2 高圧電気がある部屋

 ケース1、2とも、このような状態では除去工事は無理です。除去業者は仕事が目の前にあっても、また発注者が発注するといっても、こういうときに勇気を持っていろいろな進言や提案が出来るような業者の選択が重要なのです。

 次のケースは実際のアスベスト除去現場の例です。

(4)狭小な作業スペース

 皆様がたが報道などで見られているアスベスト現場というのは教室とか体育館などですが、実際はそんなきれいな現場、やりやすい現場は私の経験では1割もありません。殆どがこの写真のように寝そべってやっと手が届くなど工事がしにくいです。

(5)屋根裏の除去 屋根に散水

 この写真はこの屋根の下にアスベストがある現場です。屋根裏では50度を超えることもあります。あまりに暑いので屋根を水で冷やしています。散水は効果があります。

 作業環境を少しでも良くする工夫やプランニング、常に外周部に気を配っているなど、それが経験のある石綿作業主任者の務めでもあります。

(6)狭小で暗い現場

 手もとが暗い作業です。写真では、たまたま手前に明かりがありますが、向こう側で一人寝そべって作業しています。あの手もとの部分はおそらく真っ暗でしょう。あの先に穴があるかもしれません。それが隣の部屋に貫通しているかもしれません。最前線にいる彼の技術レベル、モラルが重要なのです。

(7)除去作業風景

 私がカメラで写真を撮ろうとしても、除去作業室内はいつもこういう状況になってしまいます。アスベストの現場は息苦しくなるほど非常に暑く、また室内を湿潤化するためにいつも高温高湿です。だからカメラも曇ってしまいます。

 次の写真は下から見上げたシーンです。石綿を除去する部位以外はすべて養生シートでカバーし、更に湿潤化するわけですから、このように作業場の奥のさらにその奥には仰向けで作業せざるをえないような部位があります。ツルツル滑るうえに、気を抜いたら下に落ちてしまいます。つまりアスベスト除去現場というのは、どれひとつとっても同じような現場はなく、さらに暗くて狭くて暑くて、そして湿っているのがおおかたの現場です。

(8)狭小現場

 こういう作業を最前線で行う作業者自身が自覚を持ってやらなければなりません。誰にも見えないところだとか、面倒くさいとかでいい加減な仕事をすると、あるいは意図しないかもしれませんが、気がつかなかった穴が開いている可能性もあります。それは本当に小さな穴かもしれませんが、隣室に、あるいは屋外に粉塵が放出されてしまいます。またこの人達を指揮する作業主任者もアスベストの知識が必要ですし、なによりたくさんの経験が必要です。この経験を昨日今日の業者で出来るのか不安なのです。本当に金儲け一辺主義で集まってきている方も多く、たぶんこの夏には学校現場から粉塵が漏れたなどというニュースがあるのではないでしょうか。私は一地方人ですが、首都圏では物件数も多いだろうし、玉石混合の状況は同じとは思いますが、それでも地方と比べればやはり工事に対する情報や認識度は良く発信されていると思っております。地方ではこのへんのところが温度が1度ならず、2度3度低いような気がします。

 これだけ石綿除去業者が増えたのですから価格競争が始まっています。価格が下がるということは、それに合った仕事がなされてしまう、つまり不適正工事が急増するだろう、ということを意味しています。この夏より更に来年2007年、2008年と価格が下がり、不安が高まる、という現象になるでしょう。

 最後に、今日は厚労省の方もお見えになっているとのことですが、私はアスベスト専門業者としてだけではなくて、一市民としても危惧している今、厚労省などから出来れば緊急通達や通知など、どんな形でも結構ですから不適切工事を未然に防ぐ意味を込めた、警鐘となるようなものを発信してもらいたいと思っています。明後日から全国安全週間が始まりますけれど、その週間が終わるとすぐに夏休みです。もう危険が目の前に迫っています。発注者も発注するだけではなく、元請もとおりいっぺんの管理だけではなく、そして一般市民のかたたちも常にアスベスト現場を"監視"しているぞ、ということが今、重要なのではないでしょうか。

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