震災とアスベストについて

Earthquake and Asbestos

名取 雄司[中皮腫・じん肺・アスベストセンター所長]
第28回 明治大学社会科学研究所シンポジウム(2012年11月10日(土))
「石綿(アスベスト)のリスクと石綿関連疾患」名取講演を元に一部改変

 初めまして、名取と申します。私は呼吸器内科の医師ですが、呼吸器内科はアスベストの関連の病気の方を診る機会が多いので、現在も実際に石綿の健診を実施したり、外来で石綿関連疾患の方を診察することも多いのです。本日は石綿とリスクの関係についてお話をしたいと思います。

粉塵等がおこす呼吸器疾患

 先ほども外山さんからもお話がありましたが、中皮腫の死亡数は2010年1209名ですが、この原因はほぼ石綿と考えられます。石綿関連肺がんは中皮腫の2倍ぐらい生じると推計されている悪性の疾患です。それから、じん肺、石綿肺といって、石綿を大量に吸い込んでなる疾患があり、それ以外にも職業性喘息とか職業性COPDも仕事が原因でおきます。

粉塵等がおこす呼吸器疾患

予防の概念

 予防ですが、一次予防、二次予防、三次予防とあります。基本的には、一次予防、なるべく粉じん、ほこりを吸わないようにする。もしくはほこりが出る環境であっても、防塵マスクできちんと抑えることが大事です。二次予防としては、早期発見や早期治療です。実際病気になってしまった後のリハビリとして三次予防であるのですが、アスベストの病気は治る手段が少ないので、一次予防がとても大事と考えられています。

予防の概念

アスベスト(石綿)

 アスベストは、青石綿(クロシドライト)、白石綿(クリソタイル)、茶石綿(アモサイト)という3つの種類が商業的には多く使われてきまして、それ以外では、アンソフィライト、アクチノライト、トレモライトの6種類が一般的に言われています。アメリカ等では他に2種類(ウインチャイト、リヒテライト)も加えた方が良いと最近言われていて、その際は全部で8種類となります。

アスベスト(石綿)

飛散しやすい石の綿

 皆さん、この講演の場所に石綿繊維はないと思っている方が多いかもしれませんが、東京の現在の大気中、この場所にある石綿繊維は恐らく1リットルあたり0.1本前後です。ただいま皆さん、アスベストをごく少量は吸いながら生きているのが実際の状態なのです。本日は10代ぐらいの方から70歳ぐらいの方も会場にいらっしゃいますが、ずっと以前から東京の大気中に石綿繊維はありました。皆さんが知らないでいるだけです。ですから皆さんの肺を見ると、全員から多少の石綿(アスベスト)繊維が出てまいります。また石綿繊維が肺内に沈着すると、肺内で免疫細胞が石綿繊維の一部を蛋白でくるんだ石綿小体を形成します。そのため石綿小体も極めて少数ですが、ほぼ全員の肺から検出されます。石綿を実際に吸っているのに、そのことに気づかない人はとても多いのです。

 過去の造船所でも同様でした。右の図は修理船ですが6階建てのビルを倒しているような、そんな構造です。

飛散しやすい石の綿

 一番下(第7甲板)の人たちはアスベスト除去中なので、自分が石綿を触っているとわかっています。断熱工とかボイラー工で石綿濃度は1mlあたり311本、極めて高濃度のアスベストの環境にいるのですが、この人たちでもちょっとほこりが出ているかなぐらいしか目には見えません。ところが1階上の第6甲板から第7甲板へのハッチでも石綿繊維の濃度は1mlあたり109本、さらに2階上の第5甲板から第6甲板へのハッチでも1mlで30本。もっと離れたところでも1mlあたり25本。

 たばこを吸う人が家の中にいると、間接喫煙で10分の1ぐらいの濃度は吸うと聞いたことはありませんか?「お父さん、外で吸ってね」となりますが、これと同じと思っていただければいいのです。主に作業をしている人の濃度の10分の1ぐらいの濃度は一定程度の閉鎖的空間であれば他の人も気づかずに吸ってしまう。しかも石の綿ですから、フワフワと目に見えずにかなり広範のところに漂ってしまうわけです。

 お示しした模式図は1970年代にイギリスの海軍で再現実験をした論文です。私が1980年代に呼吸器内科の医師になって造船所の人を診察することが大変増えたのですが、多くの人たちは第7甲板でなくて第7甲板以外で働いている人たちでした。この方々から、「先生は造船の現場のことなど何もしらない。俺はアスベスト作業には関係ない。石綿は断熱工やボイラー工の仕事で、俺は木工だから絶対にアスベストは吸ってない」と言われるわけです。現場のことを本当には知らない医師らは最初反論しにくかったのですが、造船作業を見に行ったりして、この論文を図にして見せるようにした瞬間、現場の人が「あぁ、俺はここで仕事していた。石綿を吸った。」と言い出したのです。

 知らないことはよく調べ目に見えるわかりやすいものにすると、理解できるようになります。こうして以降「俺は吸った。ここにいた。」と言っていただけるようになりました。大気中石綿濃度も同じで、職業の現場でようやく目に見えるか見えないかですから、ビル内の石綿もよほど知識がないとそこにあるとはわからない。逆に言うと、それをわかる形で伝えていかなければいけないことですし、今の専門家に必要な役割と思います。

 造船所と同じ石綿の飛散は建物内でも起きるわけです。皆さんここで講演を聞いていて、アスベストは関係ないと思っているかもしれませんけど、仮定ですがこの明治大学の4階で解体工事、ずさんな改築工事をしているなら、4階下のこの教室に改築現場の10分の1の石綿の濃度が来てしまう、ということが日常的に起きているわけです。

 一番よく起きているのは、居酒屋や事務所等のビルのテナントの改築工事です。例えば1階、2階でお酒を飲んでいますが、ちょっと上で今日は工事中でテナントが変わっていることもありますね。そういう工事の現場の10分の1の石綿濃度を我々も吸っているのです。今日は行かないほうがいいと私はそっと行かないようにしますが、そういうことが起きているわけです。

石綿飛散と二次飛散

 この図は文京区の保育園で起きた事故の再現実験です。この現場も目で見えるのは、片手の一握りのアスベストが床に2つ3つあるぐらいです。あとは目で見えない程度のほこりなのですが、箒で掃き集める再現実験を、私も中に入ってやりました。

石綿飛散と二次飛散

 石綿繊維が、1Lで2万本(20本/ml)のすごい高濃度になりましたが、私の目には全く見えませんでした。掃除をした私が高濃度の石綿に気づかないのです。アスベストは石の綿ですから、一度飛散したあとなかなか床におちない。飛散させて10何時間たった後もフワフワ漂っているのです。誰かがアスベストの建材を加工とかしてしまった部屋は、その日1日アスベストの病気をつくる部屋になっているわけです。現実的には、そういうことが建設現場でいまもたくさん続いています。なぜか? 現在もこれからも昔使用した石綿含有建材の改築解体が多いからです。特に改築が危険で、人がいながらの改築は基本的にやってはだめです。絶対に周囲で吸入します。

 アスベストというのは非常に危険な、目に見えない発がん物質ということがわかったので、写真のような宇宙服様の服を着ます。1重だとビニールが破けた際に飛散するので二重の養生にして、中がちょっとでも圧が高ければ外に漏れてしまうので負圧といって陰圧にします。HEPAフィルターという非常に吸着能力の高いフィルターを装備した真空掃除機で粉じんを吸入して、箒は使わない。さらに使い捨ての保護具含めて二重の廃棄物の処理もする。こういう対策をしなければいけないところまでになったわけです。

石綿飛散と二次飛散

石綿関連疾患とは

 石綿関連疾患には5~6つの疾患があるのですが、高濃度の石綿を長い時間吸う労働者に起きるアスベスト肺、そして悪性では肺ガン、もう少し石綿ばく露量が低いところでも出てきてしまう悪性中皮腫(胸膜と腹膜等)、それから胸膜肥厚斑、胸膜プラークとも言われる良性疾患、そして良性の石綿胸水、びまん性胸膜肥厚、この6つの疾患が知られています。

石綿関連疾患とは 石綿関連疾患とは

 石綿濃度が高い・累積ばく露量が多いところで早めに起きてくる病気として大事なのが石綿肺です。息切れがだんだんしてくるという病気です。いまですと建設業で20年、30年以上働いている方で非常によくなる病気です。それから同じように胸膜プラーク(胸膜肥厚斑)も、もうちょっと濃度が低い方にも出てしまう良性の疾患です。この2つは大変罹患される方が多い疾患です。

 この2つと比べると頻度は落ちるのですが、悪性疾患としては肺がんと中皮腫です。肺がんは比較的濃度が高めの方。中皮腫は濃度が低めで短期間でも起きてしまうということになります。

 さて低濃度短期間石綿ばく露で生じる、胸膜プラークの1例を挙げましょう。30年前に47歳の女性の胸膜プラークの方を診ました。外来で石綿ばく露歴を聞くと、「私は学校を出て少し仕事をして、その後主婦で全くアスベストには無縁です。」家族の石綿ばく露歴もないし、石綿工場も居住地近くにはありませんでした。しかしCT写真では典型的な胸膜プラークがあるので、「絶対にいつか石綿ばく露歴があるので、何とか思い出してください。」と言い続けて詳細に話を聞き続けました。すごくいやがられましたけれども、3回目の外来で、「思い出しました。そういえば私高校のときに東京の下町の石綿工場でアルバイトを1週間だけしたのです。しかしあまりにほこりが多いのですぐ辞めました。」1週間の石綿ばく露で、この胸膜プラークは起きるのです。

 右の写真の左側で、黄白い部分が胸膜プラーク(胸膜肥厚斑)の実物で、赤い部分が正常な胸膜や胸壁の部分です。写真の右側は、胸部CT写真で頭を向こうにして寝ているところの断面を撮ったCTです。よく見ると、上にも下にも出っ張った部分がありますね。手術の時などに中を見ると、正常な胸膜と胸壁の部分があって、白いプラークの出っ張りがある。胸膜プラークは良性の変化ですが、建設業の方ですと大体10%ぐらいの方にCTで見えるという状態に最近なってきています。

石綿関連疾患とは

 次に石綿の吸入した方の肺内を見ていきます。肺に吸入して取り込まれた粉塵は、動物実験などでは99%は外に出されるとされています。しかし吸入された1%ぐらいの粉塵は肺の中に残ってしまう。石綿も同様と考えられています。

 肺内に残った石綿繊維で細くて短いものは肺内に見えずに残存しています。論文毎で多少異なりますが、石綿繊維の100本~1000本等に1本ぐらいが、右の写真のように石綿小体を形成します。石綿小体は、短く細い石綿線にはできにくく、アモサイトやクロシドライトでは形成されやすくクリソタイルでは形成されにくいとされます。石綿小体は、石綿繊維を芯に周りにタンパクと鉄が付いた特徴的なもので、400倍の光学顕微鏡でよく見えますので、アスベスト小体があれば石綿を吸っていることが大変わかりやすくなります。皆さんの肺の中にも極めて少数ですが、石綿小体があります。電子顕微鏡で細かく肺内を見ると、細くて短い石綿繊維も沈着しています。ただ、石綿繊維の量は、一般の人と職業で石綿に曝露した方とでは、研究論文と職業性石綿ばく露の集団毎で数も異なります。

石綿関連疾患とは

 建設業の方の胸部レントゲン写真を読影しますと、現在2割程度の方に何らかの粉塵や石綿関連の変化があり、実際に通院して薬を飲まなければいけないぐらいの病気の方が1%ぐらいいるかなという気がします。

 20代、30代、40代、50代と、建設業の仕事を長くやっている方には所見が増えてきます。同じように建設業の従事歴別にみますと、建設業の従事歴5年以下ですと何も所見は出てこないのですが、10年、20年、30年と長く建設業で働かれる方は、2割から3割ぐらいに何らかの所見が出てくる時代に入っております。ちょうど1960年ぐらいにアスベスト含有建材を使い始めて40年ぐらい経って所見がでてきている印象です。

石綿関連疾患とは

 石綿関連の肺がんも同様です。こちらは造船所の石綿肺がんの例ですが、黄色の部分の時代にアスベストを吸って、緑の時期は石綿吸入のない時期ですが、それから数10年、大体40年ぐらいたって、赤の時期で肺がんが発症してきていることになります。

石綿関連疾患とは

 アスベストとたばこの間には肺がんに関して相乗作用がありまして、これはアメリカのデータですが、たばこで10倍、アスベストで5倍、両方で50倍です。日本の場合、人種差等がありますので、たばこで10倍、アスベストで5倍という関連まではいかないと思いますけれども、こういう関係が疫学的に知られています。アスベストを吸った方は禁煙ということが予防として大事ということになります。もちろんアスベストを吸わないで今後作業することも大事です。

石綿関連疾患とは

 アスベストによる肺がんは、診断や組織型等は普通の肺がんと同じで、治療も同じとされています。原因がアスベストとの関連という点がまだ見逃されやすい点が課題です。喫煙が肺癌の原因とされやすいのです。よくあるのは、電気屋さんで働いていて、大学病院ではたばこによる肺がんと言われているのですが、実際に私どもが調べると、石綿小体が出てきた、胸膜肥厚斑がありアスベストによる肺がんです、として労災認定となることがとても多いのです。

 中皮腫という病気は喫煙とは無関係です。1970年ぐらいに『11PM』(イレブン・ピーエム)という11時ぐらいからやっている番組がありまして、なかなか興味深い番組でしたが、そのときの司会をやっていた藤本義一さんが、この中皮腫という病気で最近お亡くなりになりました。藤本義一さんが亡くなった理由は現時点では不明ですが、スタジオとか撮影所勤務の方で厚労省のホームページでは3名ぐらいの方が既に中皮腫になっています。天井に吹付け石綿の使用が多いので、藤本さんの原因も十分調査が必要と思います。中皮腫はほとんど石綿関連と言われ、職業性石綿曝露が8割と言われています。問題は吹付け石綿のある建物とか環境の曝露と低濃度ばく露でもなる病気という点が問題です。

 中皮腫のでき方は、外側からできて中側にだんだん進行し、CT写真で見ると初期はわずかな変化で、胸腔鏡で部分的に変化がある。大変残念ですけれども1年ぐらいで進行して写真の右の様になり亡くなってしまう。なかなか良い治療法がない病気で、藤本義一さんも抗がん剤の治療を選ばず主に緩和ケアを選ばれたと聞いていますけれども、そういう病気です。私が以前に主治医で診ていた方ですけれども、ご主人が造船業でした。ご本人はご主人の作業服の洗濯をしているだけで、どんどん中皮腫が進行してお亡くなりになっています。

石綿関連疾患とは

 良性石綿胸水は今回時間がないので説明を飛ばします。石綿肺はじん肺法、中皮腫とか肺がんは労災補償保険法で労働者等は補償され、それ以外の方は石綿健康被害救済法で救済される、法律による対応が必要な病気という点があります。

よくある質問と回答

 覚えておいてほしいのですが、会社が倒産したので労災保険での手続きが無理だとか、社長が労災未加入だから無理というご質問がよくあります。労災保険は国の制度ですから、鉱山会社とか造船所など既に会社がない場合もたくさんありますが、そこで働いてきた方は全部国による労災保険で業務上疾病になっています。社長が現在や過去に労災保険に入っていなくても、当然認定されます。今言った疑問のようなことはないという点もよく覚えておいてください。なお、一人親方等の労災申請は難しい点がいくつかありますので、必要な場合は私どもの電話相談等をご利用ください。

 もう1つ仕事以外の方については、石綿健康被害の救済に関する法律が2006年できまして、それによる特別遺族給付金と救済給付金が受けられるようになっております。

 ですから、仕事によるのがはっきりしている方は労災保険、それ以外の方については石綿健康被害救済法というのが、いまの法体系になっております。

よくある質問と回答 よくある質問と回答

様々な場所の石綿濃度

 今回は震災の話ですので、まずさまざまな場所の石綿濃度がどうなっているかをオーダーで考えておきましょう。1Lあたりで数万本が吹付け石綿の除去の場合で、石綿の建材の切断とか改築は1Lリットル数千本単位です。いまここ(都市の大気)は、大体リットル0.1本か0.2本ぐらいです。吹付け石綿が上にあるような部屋だと、0.数本から10本/Lのデータが多いです。

様々な場所の石綿濃度

 先ほど言いましたように、石綿繊維はどなたの肺からも出てくるし、石綿小体も出てくるということになります。どのぐらいが危ないのか、厚生労働省は産業衛生学会の勧告を受け、職業性石綿の混合ばく露(生涯で千人に一人が中皮腫や肺癌となる)の規準として1Lで30本としています。クリスタルの場合は少し危険度が少なく、1リットル150本としています。

 環境ばく露では10万人に1名の生涯リスクの石綿濃度が問題となります。詳細な計算を省略し、産業衛生学会の規準で荒く推定すると、混合ばく露だと1Lで0.3本、クリソタイル単独ばく露で1.5本/Lといったオーダーが問題となってきます。環境の中での石綿のリスクをどう考えていったらいいのか、問題になります。ちょっと難しく数式含めて検討したい方は、色々な検討が書籍に載っておりますので、是非ご参考ください。石綿のリスクの元になる疫学データではオーストラリアのウィッテヌーム鉱山というクロシドライト(青石綿)の鉱山の疫学データがあったり、アメリカの紡績工場のクリソタイルばく露の疫学のデータがあり、カナダの鉱山のクリソタイルばく露のデータ、各石綿の混合ばく露のデータがあります。それぞれの疫学論文について、職業ばく露の聴取が適切か、石綿濃度の測定の精度や換算係数、調査測定期間の長さ、等から十分検討に足る論文かの検討が今も行なわれています。

 実際震災などの解体とか改築はどのぐらいの濃度になるのかですが、ドイツの石綿濃度データが包括的なので参考に示します。解体・改修・維持補修作業の石綿濃度です。立法メートルをLに直すと1000分の1ですので、大規模作業ですとリットル150本、小規模です15本/Lの石綿濃度になることが多いとされています。解体では非常に濃度が上がります。

様々な場所の石綿濃度 様々な場所の石綿濃度

阪神・淡路大震災の石綿濃度の推定

 阪神淡路大震災で、実際どのぐらいアスベスト飛散が起きたのか、2004年に国立環境研究所の寺園先生が私たちに講演してくださったときのデータです。吹付けアスベストは、S造やRC造に多く、1975年以前の使用が多い。実際に阪神淡路大震災のときのS造とかRC造は半分ぐらい、吹付け石綿は1980年以前が多かったことが示されています。

阪神・淡路大震災の石綿濃度の推定

 次は阪神淡路大震災の環境省のデータです。測定点が吹付け石綿の解体時の近傍だったか問題とされる環境省のモニタリングの結果ですが、高いところで5本程度。それ以外のところで2とか1~2本/Lぐらいのデータが多かったと言われます。発生源別に除去現場、除去後解体現場、非除去解体現場と分けて実際どのぐらいあったのか確認をしたうえで、それをもとに拡散モデルを作成します。

阪神・淡路大震災の石綿濃度の推定 阪神・淡路大震災の石綿濃度の推定

 どのくらい石綿が飛散したかの推定では、吹付け石綿除去現場でリットル1~2本ぐらい屋外に、アスベスト除去後解体すると取り残しがあり0.3~15ぐらい、何も対策をしないで解体すると160~250と推定します。

 どのくらいの建物に石綿があったかというデータ、それがどれだけの被害率で壊されたか、どれだけ飛散したのかの飛散係数の仮定、実際どれだけ濃度を上げたのか、実際に測ったデータとどれだけ合うか。こういう過程を、寺園先生は推定されていったのです。建築研究所のデータを被害率として仮定、1キログラムのアスベストがあると0.01%飛散する飛散係数を仮定し、当該地域に17万トンぐらい石綿があったとすると、累積で3740トンの吹付け石綿があったと仮定しています。

阪神・淡路大震災の石綿濃度の推定

 次に、推計データと実測値が合うか検討をして、大体合うということの結論となりました。阪神淡路大震災のときはかなりなアスベストが飛散した。そして、アスベストの計算値と実測値の間はきれいな相関ではないけれども、弱いけれども正の相関が出た。非除去解体の飛散係数を0.01%とすると、大体実測値と合う。こういう結論を出されています。

阪神・淡路大震災の石綿濃度の推定

 先ほど外山さんが推定した様なユニットリスクを使った粗いリスク計算で、石綿繊維をリットル1本吸って生涯75年間吸うと、10万人あたり過剰死亡率は22人。阪神淡路大震災の時は一般環境の石綿濃度は5本。これが1年続いたとすると10万人で1.5人程度。神戸の人口を150万人と考えると周辺を合わせて200万人と計算すると、数十人ぐらいが環境によるアスベストの濃度で亡くなる。解体とか改築で直接作業をされた方の石綿濃度は別ですので、その人たちを除いたデータでもこのくらいの方が亡くなる推定を出されているわけです。

阪神・淡路大震災の石綿濃度の推定

東日本大震災の場合

 実際に東日本大震災でどうかは、1項目ごとに推定し検証しないと正確な推定データは出てきません。吹付けの鉄骨造、RC造数が、神戸より大分少ないと思います。壊されたのは津波主体で、直下型とはちょっと違います。文献値はありますが、石綿濃度の実測値は、阪神淡路大震災と比べると東日本大震災では低濃度と思います。居住人口が阪神淡路は200万人と推定しているのですけれども、東日本の場合は何名が適切か?ここの検討で推計は違ってきます。こうした手順で東日本大震災の環境被害の推定は可能かと思います。

 問題は最近も報道されていますけれども、阪神淡路でも現在報道されているのはあくまでも解体などに携わった作業員、ボランティア等でも1カ月でも携わった方から中皮腫が出ているわけです。環境ばく露だけの方からはまだ健康影響は出てないわけです。東日本でも同じで、解体の作業とかボランティアの方のリスクは当然髙いわけですから、注意をする必要があるということになろうかと思います。

東日本大震災の場合

今後の震災のために

 石綿のリスクは、オーダーのレベルで判断していただければいいと思います。吹付け石綿の除去は万繊維/Lの単位です。石綿建材を切ったら高いと1000繊維/L単位で100繊維/Lの場合もあるわけです。この作業が100繊維/Lのオーダーの時に防塵マスクを適切に着用すれば、吸入する石綿濃度は100分の2の2繊維/Lに下がるわけです。いま大気中で石綿を0.1本/Lは吸っているのですから、2本/Lに下がれば、ボランテイアで数日であれば大して変わりません。防塵マスクとフィットテストをきちんとして、堂々とボランティアに行けば短期間の作業であれば安全だと思います。震災の際、倒壊した建物の吹付け石綿の除去作業や、杜撰なレベル3含有建材の解体工事の中や近くはもちろん危険です。その側に普通の防塵マスクで安易に入ってはだめです。

 通常の善意でやるボランティア活動のがれき処理ならば、きちんとした防塵マスクとフィットテストをして短時間入ることは、中皮腫のリスクは少ないと私は思います。作業ごとの石綿濃度のオーダーですね。石綿のリスクのオーダーの把握は持ってほしいですね。電車と飛行機では、電車でも痛ましい事故はあるのですが、電車に乗る際に皆さん保険は通常かけませんが、海外旅行の飛行機では保険をかけることもありますよね。リスクのオーダーの把握をされればいいことじゃないかなという気が私はするのですけどね。

防災用品に簡易型でない防塵マスクの準備を是非しましょう。

 2回の大震災を経験し、アスベストというのが非常に大きな問題になりました。南東海という地震はいつなんどき起きるかわからないわけです。東京直下型地震を考えたときに、どういうふうなことを考えておくべきなのかという点を最後に話します。非常に悲観的なことを言うようですが、アスベストが建物のどこにあるかという調査自体を正確に建物ごとにやること。これは数年から10年ぐらいの単位で一生懸命やらないとできないのです。ですから10年後以降に首都圏直下型地震が起きてくれると、それまでに対策も進み何とかなると思うのですが、2010年代に起きた時は申し訳ないですけど、自分の身は自分で守るしかないです。

 きちんとした防塵マスクですね。簡易マスクではなくて、建築作業の方が使うような防塵マスクが4000円ぐらいで売っていますから、あれを防災避難用具の中に入れておくというのが、私はリスク管理としては必要と思っています。配ってもいいです。防塵マスクの備蓄の話も、石綿のリスクも、防災基本計画の中で一度もアスベスト対策は検討されていないし語られていない。

地域防災計画の不備

 地域防災計画の中に適切なアスベスト対策を入れている自治体はほとんどないでしょう。防塵マスクをきちんと備蓄しましょうというのをやっているのは一部でしかないので、そこら辺から変えていかないと、しょうがないというのがあります。 原則論で言えば、きちんと建物の調査がされて、あそこは危ないというのが自治体も周囲の住民もわかった上での震災対策が一番良いし、報道も十分されてというのが一番望ましいのです。しかし日本がそこまで行くのはすぐではないと思うので、石綿のリスクからの自衛を一方で考えつつ、正論の道も歩んでいくという点で話すと、平時のときにちゃんとした対策ができない自治体とか省庁は、実際に震災が起きても動きません。きちんと対応できる専門で適切な行動ができる人、人的資源があって初めて震災時対応ができるわけです。そういう点で解体とか改築の際に、それぞれの自治体の建物で飛散が起きている。皆さんほんのわずかずつかもしれないけど、どうしても石綿を吸っている可能性があるということを認識していただいて、それぞれの対応力を上げていくということが一方であり、一方で災害の中でもし起きたらどうするんだという危機管理を進めていく。どちからも行かないと、なかなか一概には行かないのかなという認識を持っております。

建物調査義務付けの立法化の必要性

 マッピングというんですか、このビルはどれくらいアスベストがありみたいなことの包括的な調査はどこかが旗を振って進めてはいるのか。国土交通省では、石綿含有建材調査者養成するプログラムを準備して、平成25年度から始めるとことを決めたところです。公的な調査者がだんだん育っていく時期にはあるのですが、その方が自分のところを調査してほしくない建物内にも入って、ちゃんと調べる権限を付与するためには建物調査を義務付ける法律がないとできません。耐震改修促進法に似たようなアスベスト対策促進法みたいなものがないと、調査者の方の制度ができても今度は調べに入れませんので、その点では立法が今後いるかもしれません。