アスベストセンター医療講座
「悪性胸膜中皮腫に関する薬物療法の現況」追加情報

Additional Information

以下は、必ずしも私が推奨するものではない治療です。2023年7月時点において、腫瘍治療電場療法、CAR-T、マイクロRNA、ウイルス療法など、中皮腫にまつわるもので、いろいろ試みられている治療法を複数紹介しますが、いずれも十分なデータがそろった治療ではありません。 文献や資料を見て私が解釈したもので、その点を割り引いて話を聞いていただき、ご自身の責任でご判断くださればと思います。

 

腫瘍治療電場療法をご説明します。(事務局注:2023年7月の情報です。)

背中に電場を発生させるデバイスを貼り付けて電場を発生させて、1日18時間、抗がん剤と併用して使うという治療になります。アメリカのFDAで承認になっていて、普通は、このような治療は比較試験がないと承認されないのですが、なぜかFDAで、一般的な中皮腫の治療に上乗せすると成績が良いということで承認されています。私はうさん臭いと思っていましたが、腫瘍治療電場はなぜ効くかというと、交流電場を発生させて腫瘍成分、細胞成分に物理的な影響を及ぼし細胞分裂を阻害するようです。細胞ストレスが免疫応答誘導性の細胞死を起こして免疫反応が起きることも推察されています。今年のASCOで、肺がんにおいても良好な成績の発表がありました。肺がんのセカンドライン以降で、標準治療と電場の治療を加えたものとを比較する試験です。普通にセカンドラインの治療をやったものに比べると、電場の治療をやると生存期間が延びたということです。今後この治療がどのような展開を見せるかどうか分かりませんが、注目されているのではないかと思います。調べると日本で今、初発の膠芽腫に保険適用があるようで、オプチューンと言うそうですが、脳腫瘍の一部では、頭に貼り付ける形ですが、行われているようです。(事務局注:2023年7月の情報です。)

 

次にCAR-T療法をご説明します(事務局注:2023年7月の情報です)。

昔、単にリンパ球を体外で増やして体内に入れるだけのものは「怪しいリンパ球療法」と言われていましたが、CAR-T療法は、リンパ球を強力な武器に改造して投与するということで、血液の領域で先行しています。キムリアという薬は、リンパ腫の治療薬になりますが、これを1回投与すると非常によく効きますが、1回の投与で3,000万円以上する非常に高額な医療なのでどうだという意見もあります。理屈は体内からT細胞を取り出してがん表面を認識するCARというものをつけます。これは増殖シグナルを、細胞が死なずどんどん増えるよう遺伝子的に細工されていて、1回の投与でキラーT細胞、がんをやっつけるT細胞が存在し続ける理論になります。

中皮腫の場合は、このCARの標的が、メソテリンやGM2というものになります。細胞表面の標的を認識する抗体に、CD28という増殖シグナルを活性化されるシステムを内蔵しているものになります。血液のがんでは効果を認めていますが、固形がんで本当に効くか長いこと議論されていました。固形がんに効くように山口大学の玉田先生などが、ベンチャー企業で開発されていると聞きます。誰でも見ることができる、国立がんセンターの先端医療科のホームページには、GM2発現の進行性固形がんとして胸膜中皮腫、小細胞がん、すい臓がんに対して、CAR-T療法が登録受付中と書いてあります。実際は現在中断していたり、1枠しかないなど、誰でも受けられるわけではありません。同様にメソテリンを標的としたCAR-T療法も行われています。また、CAR-T療法ではありませんが、同じようにメソテリンを標的とした、いろいろな細工をした細胞療法が効いたという報告が、まだ論文を十分に読めていませんが、そのような治療の開発が進んでいるという論文がありました。(事務局注:2023年7月の情報です。)

 

マイクロRNAの治療をご説明します(事務局注:2023年7月の情報です)。

横須賀共済病院は中皮腫の患者さんが多いので、マスコミやホームページ等どのようなものだろうと興味があったので見ました。老化を誘導するマイクロRNAというものがあって、それを肺と腫瘍、胸腔中にマイクロRNAを直接入れ細胞に老化を誘導する治療と聞いています。胸水がたまってない方、薬を入れるスペースがないような人は対象になりません。近畿大学と広島大学病院で今もやっているらしいです。ただ、実際に誰でも受けられるかというと必ずしもそうではないということと、かなり開発早期の治療なので、海のものとも山のものともまだ分からない段階の治療なので、紹介したからこれを勧めるというわけではありませんが、一応、このような試験が行われているということを紹介しました。(事務局注:2023年7月の情報です。)

 

ウイルス療法をご説明します(事務局注:2023年7月の情報です)。

自分はいろいろな腫瘍のことにも関わるので、最近、脳腫瘍で、このウイルス療法が少し進んでいて注目しています。東大医科研でしか今はできませんが、ウイルスをがん細胞に感染させると、その感染したがん細胞だけでウイルスが特異的に増えて、がん細胞をやっつける治療です。正常細胞には害を与えません。膠芽腫はあまりの予後の良くない腫瘍ですが、この治療をやると、何もしないことに比べて生存期間が延びたということで、個人的には注目しています。中皮腫に関して言うと、もう臨床試験は終了したということなので、現在は行われていませんが、結果が出てくるか出てこないか分かりませんが、期待はしています。(事務局注:2023年7月の情報です。)

 

最後にがんゲノム医療のご説明をしたいと思います(事務局注:2023年7月の情報です)。

がんゲノム医療は、ゲノム情報に基づく薬物療法と言われています。標準治療がないがんや、標準治療が終了あるいは終了見込みの患者さんに、がんの遺伝子パネル検査(1個ではなく何百個の遺伝子を同時に調べて治療につなげられないかという検査)を行います。2〜3年ぐらい前から保険で行われるようになりましたが、56万円もかかる高い検査です。保険適用なので実際の費用負担は、2~3割の自己負担で11~17万円です。ただし、高額療養費制度は適応されます。この検査で何か治療薬が見つかった人は10%弱なので、9割方の人は検査をしてもなかなか結びつかないということと、何のがんかによっても変わってくるのではないかと思います。

がんゲノム情報管理センター(C-CAT)のデータから、中皮腫に関するデータをみると、2023年6月20日時点までで、56,844件中で中皮腫の検査は117例で行われていました。上皮型が57名、二相型が8名、肉腫型が10名です。全部で117名にならないので、組織型を入力されていない例もあるかと思います。治験等を考えるので50~70歳代が中心で、80歳代の方が少し、男性が多いです。遺伝子異常が多いかは少し難しい話になりますが、CDKN2A、BAP1、CDKN2B、NF2、MTAPというような遺伝子異常が上位に挙がってきています。実際に治験に入った人がどうか見てみました。治験は10数人で受けられているように見えましたが、治療早期例が多く、このような検査の結果に基づいて治験を受けられた患者さんは正確なことは分かりませんが、少ないことが推察されました。中皮腫の遺伝子異常は古くから知られていて、診断の補助にもすでに使われています。BAP1やMTAP、CDKN2A、NF2など中皮腫になった方の遺伝子異常は、実はすでに診断の補助としても使われているという状況はあります。

このような検査での狙いの一つは、保険治療で可能な選択肢が増えればいいということです。NTRK遺伝子異常は、この遺伝子異常が何のがんでも、エヌトレクチニブ、ラロトレクチニブという薬が使えますが、頻度的には、1,000人に数人いるかいないかと言われています。遺伝子変異の数が多かったり、今日は詳しく説明しませんが、MSI-highという状態であれば、ペムブロリズマブ、商品名キイトルーダが一応、保険診療で使えます。ただ、中皮腫の場合はすでに同じ機序の薬であるニボルマブが保険で使えるので、別途使える選択肢にどれだけ意味があるかは、なかなか不明な点があります。

実際、このような遺伝子検査をやると、このような感じの結果が返ってきています。これは実際の患者さんのデータそのものではなくて、例として作成したものですが、先ほどお話ししたように、マイクロサテライトというところにhighと書いてあればペムブロリズマブが使えるし、Tumor Mutational Burden、遺伝子変異の数が10以上と書いてあればペムブロリズマブが使えますが、中皮腫の患者さんで見ると、117例のうち、10以上は3例でした。

それ以外に何か治療の効果が期待できるような遺伝子異常はないかということですが、ALK融合遺伝子は、肺がんで分子標的薬がすでにあって、すごく効くと言われていますが、そのような遺伝子異常が中皮腫で見つかったという報告です。先ほど言いましたNTRKの遺伝子異常も認められました。ただし、異常の詳細は不明ですし、実際のお薬を投与したら効くかどうかは謎のままですが、NCCNのガイドラインでは、稀な遺伝子異常もあるので、このような遺伝子検査もやる意義はあると記載されています。

ALKの遺伝子異常があれば、非常に薬の効果が高いし、それなりに治療につながる可能性もあるのではないかと思います。ただし、ほとんどが腹膜中皮腫の患者さんで、逆に言うと、腹膜中皮腫であればALKの融合遺伝子があるかもしれないので、パネル検査を受ける意義はあるのかもしれませんが、胸膜中皮腫で調べた限りでは、この1例ぐらいしかありませんでした。

治験ですが、治験には、第1相試験、第2相試験、第3相試験とあります。今お話しした肺がんで薬が開発されているようなものは、少し進んだ段階のものになります。一方多くの遺伝子異常に基づく治療は第1相、先ほどのCAR-Tもそうですが、第1相試験です。いわゆる、薬が安全に投与できるかどうかという段階のものになります。ちなみに、第2相試験はより多くの患者さんを対象に、特に治療の効果を確認し、合わせて安全性も見る試験です。第3相試験はさらに多くの患者さんを対象に、標準治療と比較を行う試験とされています。ですから、基本的に患者さんがやりたいと言っても、年齢が高齢になるとだめと言われますし、ちょっとした合併症があってもだめですし、がんセンターに毎週通うぐらいの元気がないとだめと言われます。意外と多いのが、中皮腫だと時々、変な肺炎を起こして、薬が関係するような肺炎を起こすとだめだというように、このような試験にはなかなか入れません。それから、測定できる病変や、もう1回組織を取らなければいけないなど、いろいろな要件がついていたりします。このようなものがなくて、さらに患者さんの病気がちょうど悪くなって、治療を変えるタイミングで、治験の枠が空いたという、タイミングも良くないと、治験にはなかなか入れません。

実際、中皮腫を対象に、先ほど言った、CAR-T療法以外の試験が行われているかというと、ホームページには、先ほどよく出てきたMTAPやCDKN2A、中皮腫とは書いていませんが、中皮腫でよく出てくるような遺伝子異常に対して治験が表記されています。ただ、これは今、募集していないと聞きました。これは悪性胸膜中皮腫対象の臨床試験ですが、今、枠が空いているかというと、そのようなわけではなさそうだとも聞いています。(事務局注:2023年7月の情報です。)

少し前のアメリカの論文ですが、中皮腫でよく見るような、先ほどお話しした、BAP1や、CDKN2A、NF2などの頻度の多い遺伝子異常に対して遺伝子異常に基づく治療戦略が考えられていますが、治療の開発がなかなか進んでいないことは事実です。

これは、実際にアメリカで行われている臨床試験です。Umbrella試験といって、中皮腫の患者さんで、いろいろな遺伝子異常があれば、それに応じて薬を割り振っていくという、傘の骨組みのような形で治療を割り振っていく臨床試験が行われて、幾つかのものは、結果が出ています。ただ、肺がんのように、すごく効いたかというと、現時点ではどれも微妙な結果で、がんのゲノム検査はどんどん進んでいますが、治療の開発という点ではまだまだ、特に日本ではさらにまだまだというような印象があります。(事務局注:2023年7月の情報です。)